ランニングの最中。 最近は身体が馴れてきたのか、十キロ程度のランニングならこなせるようになっていた。 体力が付き始めているのだ。筋肉強化も合わせてやっているのですこぶる体の調子は良い。 習い始めた柔道もどんどん勘を取り戻していく。師範から経験があるのかと尋ねられたぐらいだ。(鍛えがいがありそうだな……) スポンジが水を吸い込むように力を蓄えていく、この若い身体がディミトリは嬉しくなっていた。 ディミトリだった時には二日酔いの頭を醒ますのに苦労したものだ。だが、アルコールを摂取する習慣が無いタダヤスには二日酔いは無縁だった。(酒に頼らない睡眠とは、随分と快適なものだったんだな……) 今更な事を考えながら不健康な生活をしていたものだと一人反省していた。 事実、夜中に作戦行動がない時には、アルコールが汗になって滲み出るのではないかというぐらい呑みまくっていたのだ。(元の身体に戻っても続けるべきだな) そんな事を考えながらシャワーを浴び終えると、学校に行くために着替えた。(さて、元の身体に戻る手段を考えないとな……) 勿論、体力作りの他に詐欺グループへの襲撃計画を考えるのも怠っていない。(やはりスマートフォンを改造して盗聴器を作成するか……) 外部から操作するので液晶表示は必要ない。そうすればかなり小型化出来るはずだ。電源は二十四時間持てば良いだろう。 カメラ機能も有効にしておけば不明の面子を解明するのも重要な項目だ。 後は腕時計型のカメラだ。これならすれ違いざまに撮影が出来るはずだ。 それとスリングショット。相手を倒す事は出来ないが足止めぐらいには使える。音が小さいのも良い。 こういった小道具を作成しておく必要を感じていたのだ。 小道具を調達するのには元手が必要だ。 そこで祖母に小遣いを頼んでみた。すると、お年玉通帳という謎の銀行口座を教えられた。 そこには十万に満たない金額が入っているのだそうだ。 この国には年の初めにお小遣いを渡す謎の風習があるらしい。しかも、本人が使えるのでは無く、母親が銀行に預けてしまうという行事だ。中には母親に没収されてしまうという、理不尽な目に遭う奴もいるらしい。(意味がわからん……) それでも、自分の自由に出来る金が有るのは有り難い。有効に活用させて貰う事にした。 格安SIMカードと中古の
ある日、夕方に詐欺グループのアジトを見張りに行った。見張りと言ってもアジトが移転していないか確かめるためだ。 外からチラリと見た印象では、移転はしていないようだ。カーテンというか白い紙のような物が張られたままだ。(今日も変化無し…… と……) 監視カメラを回収して新しいのを設置しようとしていた。「ん?」 ディミトリは一台の車に気がついた。真っ黒な塗装のレクサスだ。(前にも見た記憶があるぞ……) レクサスは高級車だということはネットで見て知っている。特徴的なフォルムをしていたので覚えていたのだ。 ディミトリはハンビー(米軍の兵員輸送車両)のようなゴツゴツとした武骨な車が好きだった。 高級車はお高く止まっている印象が好きになれない。(……) 何処で見たのかを思い出そうとしていた。 基本的に家の周りをランニングするか、柔道場に通う為に街なかに自転車で出かけるぐらいだ。 後は、大型スーパーだろうかと考えていたら、何処で見かけたかを思い出した。(そうか、ランニングの時に道端に停まっていた事があったな……) 高そうな車という印象だけだったので、その時には大して気に留めていなかった。 もちろん、中に誰が乗っているのかは覚えていない。(見張りかな……) 中には男が二人乗っているようだ。 以前に監視カメラを仕掛けた時には居なかったはずだ。見かけていれば今回と同じで気がつくはずだ。(ひょっとして俺が対象なのか?) 監視カメラには触れずに素通りした。彼らの意図も素性も分からないからだ。 わざわざ、此方の手の内を知らせる必要は無いと考えたのだ。 まず、監視をしている対象が何なのかを調べることにした。 ディミトリは楽器店のショーウィンドウを見る振りをして観察してみる。 この手の追いかけっこは少年時代に経験済みだ。二週間ぐらい見張られていたことがあるのだ。 何の罪状なのかは不明だったが、思い当たることだらけだったので大人しくしていた。 そして、何日かすると知り合いを見かける事が無くなった。きっと彼の『仕事』関連で疑いがかかったのだと思った。(麻薬・売春・窃盗・強盗…… 何でもアリのヤバイ奴だったからな……) そんな事を考えながらディミトリがショーウィンドウに映る車を見ている。 彼らの車はジッとして動かない。(あの時に、俺を見張っ
自宅。 ディミトリは考えた末、監視のやり方を変えることにした。監視と言っても、常時張り付いている必要は無い。 詐欺で受け取った金がどうなっているのか知りたいだけだ。 その為にも彼らの日常行動を知る必要がある。 だが、警察と思わしき車両がいる以上は迂闊な行動は控えた方が良いと考えた。 流石のディミトリも、警察の目の前で悪さは出来ないものだ。 何しろ相手は隙だらけの連中だ。いつでも大丈夫だとは思ってはいるが、慎重にやろうと考えているのだ。 自分が見張られているので、監視カメラの回収が困難な事をどうにかしないといけない。(盗聴器を仕掛けるか……) そこで盗聴器を深夜に設置することにした。 携帯を改造したやつなので、一時間毎にデータ送信で回収すれば良いからだ。 必要な機能以外は、全て停止しているので一週間程度は持つはずだ。 深夜、自宅の裏からコッソリと抜け出した。警官の巡回に出くわさないように、慎重に自転車でアジトの裏まで来た。 濃い灰色のスウェット上下なので怪しまれないだろうと考えていた。 いざと成ったらトレーニングの為に公園に向かうのだと言い訳するつもりだった。 何しろ童顔の十四歳なので通じるだろう。(さてと……) 周囲を見回して監視されていないのを確認してから徐に壁に取り付いた。 取り付いた壁の雨樋を伝って登っていく。 目標は三階のベランダ。二分もあれば登りきれる。 ディミトリは手慣れた調子で登っていく。自己の技術と体力で岩を登るフリークライミングは兵士には必要な技術だ。 訓練を行っていないタダヤスの身体で大丈夫なのか、懸念はあったが大丈夫なようだ。(よしよし…… 優秀な兵隊に成れるぞ……) そんな事を考えながら目的のベランダに取り付いた。 ディミトリは直ぐにベランダに入ることはせずに部屋の中の様子を窺う。 人が移動する気配が無い事を見届けると手早くベランダ内に侵入した。(寝てるのかな?) ディミトリは盗聴器を取り出し取り付けの準備を始めた。 マイクは透明なチューブで先端に付けてある。太さが一ミリ程度なのでパッと見は何の部品なのか不明なはずだ。 それをクーラーの室外機から伸びるパイプ配管の穴の中に挿入させた。 こうすれば、室内の音が直接拾えるし、盗聴器の存在に気が付かないはずだ。(よしっ、完了した……)
(ひょっとしたら偶然だったのか?) 偶々同じ車種が居ただけなのかもしれない。或いは二十四時間監視の対象に成っていないのかもしれない。(いや、二回同じ車両を見かけたのは偶然ではない……) ディミトリは慎重な方だ。慎重だったから幾多の戦場を生き残って来たと言える。 臆病なのと慎重なのは違う。失敗から原因を推測して、次の行動のための糧にするのだ。 それが出来ないやつは全て死んでしまった。(俺はまだ死ぬ予定じゃないからな……) 盗聴器を仕掛け終わったディミトリは、次の懸案事項に対する方策を考え始めた。 誰に見張られているのかを確認しなければならないからだ。 その為には問題の車が警察なのかを確認しなければならない。 朝になって普段どおりのランニングに出かけた。そして、以前に黒い不審車を見かけた地点に差し掛かると、前に見たのと同じ場所に停車しているのが見えた。(夜はお休みなのか……) 昨夜、見かけなかったので夜中は監視してないらしいとは思った。 もっとも、見つかっていたら彼らも判断に悩んだに違いない。(ではでは、ちょっと誰なのか調べさせてもらいますよー) 後ろからそっと近づき、後輪タイヤハウスの裏側に携帯電話を貼り付けた。ここが見つかりづらいのは経験済みだ。 ディミトリは警察関係の車であろうと目星を付けていた。 警察署は二キロほど走ったところにある。あそことの往復であれば、後日回収できるだろうと考えていた。(若い男と中年の男…… きっと同じふたり組だな……) 以前にアジトの近辺で見かけたのと同じ二人組だ。ディミトリのランニングコースを見ている。 あの時は遠目で見るしか無かったが今度はしっかりと顔を覚えた。 その後、ディミトリはいつの通りの道筋でランニングを終え帰宅した。帰りにも問題の車は見かけた。 もちろん、気が付かない振りをするのは怠らなかった。こっちの手の内を見せてやる必要はないからだ。 帰宅してから二階の窓から双眼鏡で周りを見ると、二ブロック先の交差点に問題の車は停車していた。 そして、ディミトリが帰宅後三十分ぐらいで車を発進させていた。帰るのであろう。「よしよし、車に携帯が仕掛けられたのは気が付いていないな……」 パソコンに映る携帯の位置情報はディミトリの期待通りの結果を表していた。 携帯が発する電波はディミト
翌日に信号が消えた場所に行ってみた。ディミトリの想像した通りにスマートフォンはバラバラになっていた。(向かっているのは東京都内か……) 高速道路に上がる手前に部品はあった。想像した通りにタイヤハウスから落下してしまったようだ。 粘着力が足りなかったようだ。直ぐに外す事を考えていたので控えめにしたのが仇となった。(警察の可能性もあるし、在外諜報機関の可能性もある)(結局、わからないままか……) 釈然としないままディミトリは自宅に戻った。 不審車にいつまでも掛り切りになっている場合では無いからだ。 部屋に戻った彼は詐欺グループのアジトの監視カメラをチェックし始めた。 盗聴器を仕掛けた時に回収しておいたのだ。 不審車の事があったので、毎日の交換作業はやらないほうが良いだろうと考えたのだ。(……)(俺がタダヤスでは無くディミトリに成り代わっているのを、知っている人物が居るという事だよな……)(……) そんな事を考えながら漠然と監視カメラをチェックしていた時に有るものを見つけた。 交通事故の様子が録画されていたのだ。「ああ、こういう事もあるのか……」 運転していたのは女性。見た感じは若そうだ。 女性は事故に気が付き一度車を降りてきたが、被害者の様子を一瞥すると去っていった。「轢き逃げじゃねぇか……」 これはディミトリの監視カメラに偶然撮られていた轢き逃げ動画だったのだ。「フフッ…… 悪い奴だ……」 普通なら慌てて警察に通報するのだろうが、そうすると監視カメラのことを説明しなければならない。 それはそれで面倒だ。第一、ディミトリは警察が嫌いだった。 少年だった頃も大人になってからも疎んじられて来たからだ。 きっと、警察に嫌われるフェロモンでも出しているのだと考えている。 車が去った後も動画は続いていた。男は倒れたままの姿がずっと写されている。 轢かれた男はピクリとも動かない。恐らくは駄目だろう。「フッ…… こっちは運の悪い奴だ……」 ディミトリは無感情のまま画面を見ながら呟いた。 これまでも、巡り合わせが悪くて死ぬやつは散々見てきた。 シリアの市街地で戦闘になった時のことだ。十メートル程度の近距離でお互いに撃ち合った。 その銃撃音に驚いて飛び出してきた住人が、敵兵に薙ぎ払われるのを良く見た。 ああいった地域で
動画は時間切れで終わっていた。容量がいっぱいになったようだ。 元々、日中の監視をしたいだけだったので、十二時間程度しか想定してなかったのだ。「とにかく、面倒事はまっぴらゴメンだな……」 彼は黙殺することに決めたようだ。 ディミトリは自分に関わりの無い事には興味が無い。 ハッキリ言って他人がどうなろうと知ったことではないのだ。 犯罪を見たら通報するのが正義だとされている。関わりを持たないのも正義だ。 正義の有り様は人それぞれだ。 それを強制される筋合いは無いものだとディミトリは考えている。(力の無い奴に限って安全な所に居て吠えてやがる……) ここ何ヶ月か日本に居て思ったことだ。 何処の国へ行こうと支配する側と支配される側の二面性を思い知らされるのだ。 地位を持たないもの、声が小さいものは搾取される側なのだ。 かつての自分も同じように搾取される側の人間だった。 だが、兵隊となって運命は自分でコントロール出来ると理解できるようになった。 その代償に良心を削り取ることになったのだ。 運に恵まれない奴らを見ながら自分はこう考える。『・・・ オレモオナジダッタ ・・・』 今はどうか? 傭兵になった時に、大人になったと錯覚することが出来ていた。自分の運命は自分の引き金で切り開く決断ができるからだ。 信頼出来る仲間に囲まれて、上官の愚痴を言いながら惰眠を貪り、良い女を口説く為に酒場に日参する。 そんな毎日でも気に入っていた。 だが、気がつけば東洋の見知らぬ国で、誰とも分からない小僧の身体に押し込まれている。 自分のケツが拭ける程度にはデカくなっているが、女ひとり口説くのにすら難儀している体たらくだ。(また、やり直しかよ……) ディミトリは自分の両手をジッと見つめていた。恐らくは人を殺めたことの無いまっさらな手だ。 タダヤスもディミトリに身体を乗っ取られなければ、普通の人生を歩んでいただろう。 ひょっとしたら違う人生を歩めるかもしれないと一瞬考えたのだ。(俺の場合は、相手も同じ兵隊だったけどな……) 『お互い様だろ?』そう自分を誤魔化しながら任務を遂行していた。何十人も手にかけてきたのを覚えている。(誰かのために働く人生がベストなのか?)(目的も無く漠然と時間が過ぎていくのを眺めるだけの毎日……)(たかが小銭を稼ぐた
自宅。 ディミトリも普段は平凡な中学生『ワカモリタダヤス』を演じなければならない。 平日の昼間は学校に行かなければならないのだ。(また、クソッたれな場所に通う事になるとは思わなかったぜ……) 退屈極まる時間をジッとしているのは苦痛だった。 知識が無いので授業の内容が理解出来ないからだ。 彼は教室では口をきかなかった。この国の中学生の常識が皆無なので話がつまらない。 それと面倒臭い事になるのを避ける為だ。 事故の事は予め全員に知らせているようなので、クラスメートもディミトリには積極的に話しかけては来なかった。 後遺症があるという事にしてあるが、時々はサボって保健室で寝てたりした。 そうすると先生たちに依怙贔屓されていると勘違いするのも当然のように居るものだ。 トイレに行って用をたし、教室に戻ろうとすると同じクラスの大串が立ちはだかっていた。 何故か目玉をギョロギョロ動かしてる。 大串の子分たち二人も来ていて、トイレの出入り口を塞いでいた。(何かを探しているのだろうか……) ディミトリは無視して通り過ぎようとすると再び立ちはだかった。 やっぱり、目玉をギョロギョロと下から上へと動かしている。 いつだったか、病院抜け出した時に絡まれた金髪にも、似たような事していたのを思い出した。(ああ、威嚇してるつもりなのか……) ディミトリが育った街では威嚇などしないで拳で語ることが多かった。次がナイフだ。最後は拳銃で撃ち合った。 ところがこの国では違うらしい。目玉をギョロギョロ動かすのが相手への威嚇になるらしい。 中々、滑稽な風習なのだなと思った。「何の用だ?」「あっ?」 面倒くさいが一応話は聞いてあげようかと声をかけてみた。 やっぱり、目玉をギョロギョロ動かしている。「何の用だと聞いている……」「誰に向かって聞いてるんだっ! あっ!」 まるで話が噛み合わない。頭の悪そうな相手にディミトリは目眩がしてきた。 それと同時に時間を無駄に使わされるに腹が立ってきはじめた。「調子こいてるんじゃねぇーよっ!」 まだ、目玉をギョロギョロ動かしている。 ディミトリは吹き出しそうになるのを堪えていた。「おめぇの目つきが気に入らないんだよっ!」 ディミトリがニヤついたのをバカにされたと勘違いした大串が大声を出しはじめた。 そのまま
何も反応が無い。顔を掴んだまま頭を床に叩きつけた。「分かったな?」 再びゴンッと鈍い音と共に大串の目に涙がたまり始めた。指が少し深く入ったのでろう。「……」 大串が頷くような動作をしている。もっとも、頭をディミトリが抑えているのでうまく出来ない。「むぅ…… むぅ……」 そこまで言うと手を離してやった。 大串の目から涙が溢れ出ている。どうやら目玉は無事らしい。「……」 立ち上がったディミトリは子分たちの方を睨みつけた。 いきなりの逆転劇に大串の子分たちは立ちすくんでいた。 相手の予想外の強さに驚き、どうしたらいいのか戸惑っているのだ。「ん? 次はお前か??」 子分たちは首を盛んに振って道を譲った。 ディミトリが大串に構ってる時に、襲うという発想が彼らに無かったのは幸いだった。 一度に三人相手に喧嘩は出来ない。手加減する暇が無くて相手を殺してしまう可能性があったのだ。(これで終われば楽だがな……) ディミトリはため息を付きながら教室に戻っていった。 彼らが素直に諦めるとは思えない。弱いやつ程キャンキャン吠えるのを知っているからだ。 自宅に帰ってきたディミトリは、詐欺グループのアジトに仕掛けてきた盗聴器を聞いていた。(思っていた以上に鮮明に聞こえるな……) リビングに面した部屋以外の音も拾えるのは意外であった。音がくぐもって大して聞こえないと考えていたからだ。 もっとも、それらはロシア製や中国製の怪しげな盗聴器だったせいもある。(実は日本の民生品ってのは凄いんじゃねぇのか?) そんな事を考えながら聞こえてくる音に集中していた。 床を歩く音や玄関の開閉の音も聞こえていたので人数を数えるのが楽になりそうだった。 何日か観察した結果で彼らの行動パターンのような物が判明してきた。 午前中は詐欺の鴨を見つけるための電話セールス攻勢。午後は金を引っ張るための外出がパターンのようだ。 肝心の金は事務所に戻ってきてから分けているようだ。どういった割合で分けているかは不明だ。 そして金は各々自分で管理しているらしい。時々個人で外出しているので、その時に銀行に預けているのだろう。 時々、街中に繰り出して酒を浴びるように飲むらしい。(酒を飲むと言ってもたかがしれている……) 正体不明の不審車の事も有り、金を手に入れておくのは早
これはロシア軍の初年訓練でさんざんやらされた訓練の一種だ。もっとも、実際の戦場で役に立ったこと無かった。 接近する時には銃弾を雨のように撒き散らして相手を殲滅するからだ。ドンッ ディミトリは男の腹を目掛けて引き金を引く。そのままの体制でピアスの男・売人・半グレの子分と撃ち続けた。 突然の展開に驚いた彼らは、身を隠すなどという事をしなかった。射撃の的のように簡単だった。 彼らは銃撃戦という物の経験が無いのか、その場に棒立ちのままだったのだ。「……」 工場の中は彼らのうめき声で満たされている。ディミトリは無言のままピアスの男に近づき頭に銃弾を撃ち込んだ。 短髪男の子分も同様に射殺した。 彼らはディミトリが欲しい情報を持っていない。つまり、不要だから処分したのだ。下手に生かしておいて復讐に来られたら面倒だとの考えからだ。「ま、待て…… た、助けてくれ……」 売人の男が哀れな声を絞り出しながら嘆願してきた。「何故、俺を罠に嵌めたんだ?」 ディミトリは売人に尋ねた。「その男に頼まれたからだ……」 売人は短髪男を指差しながら答えた。「そうか……」 ディミトリは売人を射殺した。もう、用は無い。 彼はそのまま短髪男の所にやって来た。「お前は誰の使いで来たんだ?」「うるせぇっ!」「そうか……」 ディミトリは短髪男を射殺した。聞きたい事は山程あるが、ディミトリは治療を必要としている。 生かしておく理由も義理も無い。何より時間が無いので始末したのだった。 すると部屋の中に異臭が漂い始めた。「ん?」 見ると女の足元に水たまりが出来つつ有った。失禁したのだ。それはそうだろう彼女の人生で、殺人を目撃することなど無かったからだ。 ところが、目の前にいる男は躊躇すること無く、銃弾を人間に送り込んでいる。しかも、助命を懇願する相手にもだ。「お前もコイツラの仲間か?」 彼女は盛んに首を振った。彼女の目は一杯に開かれている。恐らく相手に対する恐怖がそうさせているのだろう。「た、頼まれただけです……」「誰に?」「大串くんです……」「本当か? 考えて答えろよ。 お前は死ぬかどうかの瀬戸際にいるんだ……」「誓って本当です……」「ふん……」 きっと、嘘だろう。女相手の尋問は色々と楽しいが今はやらない事にした。時間が惜しい。 出血の度合
廃工場。 二階の暗闇の中から現れたのは暴力団員風の男だ。 その後ろから一人の男が付いてきている。髪の毛を茶髪にして、耳にはピアスを付けていた。子分だろう。 ディミトリが睨み付ける中、短髪男は子分を従えて悠然と階段を降りてきた。「シカトしてんじゃあねぇよっ!」 自分を無視された売人は大声を出してきた。だが、ディミトリは短髪男を睨みつけたままだ。 本能が『要警戒』と告げているのだ。「まあまあ、コイツが若森って奴か?」 短髪男は階段を降りながら声を掛けてきた。何故かニヤついている。自分が優位に立っていると、思い込んでいる男にありがちな反応だ。恐らく懐に何かを持っているのだろう。 そして男はディミトリの顔を知っているようだった。(やはりか……) 名前も知っているという事は、中国の連中の仲間かもしれないと考えた。「大人しくコッチの質問に答えれば痛い目に遭わなくて済むよ……」 短髪男は懐からベレッタを取り出した。イタリア製の優秀な拳銃だ。 余裕が有ったはずだった。(ベレッタか…… 装弾数は十五発だっけ?) ディミトリが銃を見ていると、短髪男は遊底を引いて薬室に弾を送り込んだ。 恐らく、ディミトリが銃を見るのを珍しがっていると勘違いしたのであろう。玩具を手に入れた子供が粋がるようなものだ。「お前が知っている、お宝の有りかを教えて欲しいんだよ」「お宝? 俺の秘蔵のエロ本か??」「舐めんじゃねぇっ!」 馬鹿にされたと思った短髪男は床に向かって引き金を引いた。銃の発射音が室内に響く。空薬莢が床に転がる音が続いた。 急な事に女はビックリして悲鳴を上げてしまっている。「ちょっと、私関係無いんだけどっ!」 女が咄嗟に逃げようとして走り出した。そこを短髪男が発砲してしまった。引き金に指を掛けたままだったのだ。 素人が銃を持った時によくやる失敗だ。 女が急に動いたのでビックリして銃を向けてしまい。その際に引き金に力が加わったのだ。「ぐあっ!」 だが、運の悪い事に狙いが逸れてディミトリに命中してしまった。脇腹の辺りにだ。 万が一の事を考えて防弾チョックを着ていた。しかし、防弾用素材と素材の隙間にある、縫い目を弾丸は通過したようだ。 ディミトリが昔使っていた奴はそうは成らなかった。普通の防弾チョッキには縫い目など無い。 さすが中華製だ。
廃工場。 田口の車から一人で降りて工場の方に歩いていく。午前中と違うのは工場の敷地に入るガードは開けられているぐらいだ。 工場の正面にあるシャッターの脇に普通のドアがある。 ディミトリはノックすること無くドアノブを回して中に入っていった。それと同時にポケットに入っているレーザーポインターのスイッチも入れた。 工場の入口から中に入り、歩きだして五秒ほどで周囲の視線に気付いた。刺すような視線。猛獣が獲物を見定めるかのような視線という類のモノだ。(見張られているな……) 殺意の視線。それは、かつて戦場でスナイパーに狙われた時の感覚に似ている。ねっとりとした感触が戦場を思い出させた。(少なくとも四人はいるかな……) ディミトリに持つ全て感覚センサーがそう告げている。そして、全員を始末せよと言っているのだ。(良いねぇ……) まるで『建物全体が捕食者』みたいな感覚。ディミトリの神経が研ぎ澄まされていく。 工場の真ん中あたりに机が一つだけ置かれており。その前に男が一人座っていた。 コイツが売人なのであろう。視線が泳いでいる癖に眼付がやたらと鋭かった。「よお~……」 売人は陽気を装って声を掛けてきた。まるで古くからの知り合いのようだった。「金なら持ってきた。 女はどこだ?」 ディミトリは懐から金の入っている封筒を見せた。二百万入っているので結構分厚い。 男は工場の奥をチラリと見た。ディミトリが一緒に釣られて見ると金髪の女と顔中にピアスを付けた男が居る。 女の腕を捕まえているところを見るとコイツも仲間なのだろう。「女と引き換えだ……」 売人は奥のピアスだらけの男を手招きした。男は女を連れてやってくる。 この金髪女がカラオケ屋で擦れ違った女の子なのだろう。興味が無いので覚えてなどいない。「ほらよ……」 ピアスの男がぶっきら棒に女を離すと、ディミトリが持っている封筒を受け取った。 そのまま、封筒を売人に渡すと、売人は中身を確認し始めた。ピアスの男は売人には目もくれずにディミトリを睨みつけている。 女はディミトリの後ろで大人しく待っていた。 金を数え終わった売人はニヤリと笑った。全額有ったようだ。「ああ、金の確認は終わった……」「そうかい。 じゃあ、女は連れて行くよ」 それを聞いたディミトリは女を連れて帰ろうとした。「まあ、ちょ
大串の自宅前。 武器を捨てられてしまったディミトリは気を取り直して大串の家に向かった。(クソッ! せめて拳銃だけでも無事だったら良かったんだが……) 他にも減音器も捨てられていた。玩具の銃は壁に飾ってあるので、それと一緒に飾っておけば良かったと後悔している。 銃弾は別に保管していたので無事だ。筒状のパイプでも有れば単発式の発射装置が作れるが、工作している暇が無かった。 単純に筒に弾を詰めて、釘か何かで雷管をひっぱたけば良さそうだがそうは簡単にはいかない。 銃弾を固定してやらないと暴発して自身も怪我をするからだ。最低でも薬室を作ってやらないと駄目なのだ。 手持ちの武器らしい武器は自作のスタンガンとスリングショットぐらいだ。これでは心許ない。(致命傷は無理でも牽制には使える程度だな……) 無くなった物を惜しんでも手元には帰ってこない。それより目の前の問題をどうするかの方が大事だ。 しかし、ディミトリの少なくない経験から、ケチが付いた作戦は中止するべきとの教訓もある。(確かに中断するべきだが……) 何よりディミトリには気になる点があったのだ。(何故、俺を指名したんだ?) 取引自体がディミトリを誘き寄せる罠であるのは分かった。だが、何故面倒な真似をしてまで罠に嵌めるのかが謎だ。 それは罠を張った連中を確かめる必要を示唆している。(あの連中が罠なんて面倒な手間をかけるとは思えないんだがな……) あの連中とは鏑木医師を殺害した連中だ。中国語を話していたと思うので中国系と思っていた。 不思議なことに連中は、日数が経過しているにも関わらず手を出してこない。 鏑木医師の事を知っているのなら、ディミトリの事も知っているはずだ。 自分たちの存在が知られたと判明した時点で、自分なら対象の身柄を押さえる。逃げられてしまったら困るからだ。 だが、彼らはそうはしない。銃を持って襲撃するような連中だ。荒っぽい仕事には慣れているはずなのにだ。 これは何を意味するのか? ディミトリには四六時中見張りに付いている連中がいる。その彼らの前で仕事を嫌がっていると捉えていた。 そして、今回の連中は面倒な罠を用意している。これは自分を見張っている連中とも違う事を示唆しているはず。(つまり、今回の罠を張った連中は俺を監視している連中とも、鏑木医師を殺害した連中と
翌日。 ディミトリは祖母に具合が悪いので、病院に寄ってから学校に行くと伝えた。 心配して付いてくると言い張る彼女を説得して、一人で出掛けたディミトリは家電量販店に居た。 ここで小道具の材料を調達するためだ。今回はどう考えても罠にハマりに行くのだ。下準備無しで乗り込むほど自信家では無い。 彼が購入したのはレーザーポインターだ。それと玩具のリモコンも購入した。このリモコンでスイッチを操作するのだ。 レーザーポインターは名前の通りレーザーの強烈な光でポイントを示す物だ。普通に使えば便利な道具だが、カメラにとっては脅威となる代物だ。 レーザーポインターをカメラのレンズに向けて照射する。すると、カメラの中にある電子素子(LCD)は強烈な光で飽和してしまう。つまり、映像をまともに作れなくなってしまうのだ。 これは空き巣や銀行強盗などの時に、防犯カメラを無効にさせる為に使われる手口だ。本格的なやつは赤外線レーザーを使う。カメラに付いている電子素子(LCD)が早く飽和するからだ。 目的のものを入手したディミトリは、そのまま例の廃工場に向かった。前日に開けておいた裏口を通り、カメラが設置されている場所までやって来た。 そして、床に積もった埃に異常が無いのを確かめると、今度はカメラがレーザーポインターで狙い易い位置にやってくる。そこには埃だらけの元資材が積み上げられていた。 手のひらに入る程度のレーザーポインターなので隠すのは簡単だった。(よし、仕掛けは出来た……) ディミトリはレーザーポインターをダンボールの影に隠して学校へと向かった。どうせ使い捨てなので見てくれは気にしていない。 道具は役に立ってこそ意味があるとディミトリは考えていた。 午後から登校したディミトリは何事もなく過ごした。そして、下校時間になると大串の方から声を掛けられた。 大串は時間をずらされて焦っているようだ。そして、ディミトリが受け渡し場所に下見に行った事には気が付いてないようだった。「今日はちゃんと来いよ」「ああ、今夜は何時頃行けば良いんだ?」「夜の七時に俺の家に来てくれれば田口の兄ちゃんが車で送ってくれるってよ」 田口というのは子分の一人だ。クラスメートなのだがディミトリは初めて名前を聞いた気がしていた。「そうか、分かった……」 ディミトリは素っ気無く返事をした。
ディミトリは部屋の中央に進み出てみた。死角になる場所が有るかどうかをチェックする為だ。 するとシャッターの脇から二階に伸びる階段に気が付いた。(二階が有るのか……) そのまま部屋の真ん中に立って見回していると、ある物に気がついた。二階にカメラが取り付けられている。 角度的にも部屋を全て網羅しているみたいだ。(ほほぅ……) 階段を上がって傍に寄って見てみると真新しいカメラだった。まだ、設置されたばかりなのだろう。(まだ稼働はしてないみたいだな……) カメラに電源らしきものは入っていないようだ。触ってみても冷たいままなのだ。 ディミトリはカメラの側面に書いてあるメーカーの型番を控えた。家に帰ってから性能を調べる為だ。(俺を撮影する気か?) 防犯の為なら外に向けて取り付けるし、電源は入れっぱなしにするだろう。だが、室内の中央に向けて設置してある。 この工場に呼び出した人物を撮影するためだ。そして、それはディミトリである事は明白だ。(もしくは狙撃の補佐用……) 場所などのマーキングが済んでいれば狙撃の射角などが容易になる。 重要な対象を確実に仕留めるために行う狙撃方法だ。(狙撃兵か……) ディミトリはとある戦場の前線で一緒になった狙撃兵を思い出した。 ある時、狙撃兵が何かを目標に照準して撃っていた。(休憩中なのに仕事熱心な奴だな……) 仕事熱心な狙撃兵にディミトリが質問した。『何を狙っているんだ?』『空き缶を狙っている』 彼はそう答えた。 ディミトリが見ると百メートル程先に空き缶が並べられていた。『……』 もう少しまともな物を狙えば良いのにとディミトリは思っていた。 彼は狙いを付けた物を外さないからであった。『今度の狙撃大会で優勝して後方任務にしてもらうんだよ』 そんなディミトリの思惑を感じ取ったのか狙撃兵が話を続けてきた。 彼は狙撃大会に出場して優勝するのを目標としているようだ。技量優秀な者は後方任務で温存してもらえる。宣伝に使えるからであった。『なら、あの野良犬を的にすれば良いんじゃないか?』 静止した的と動いている的では難易度に違いが出てしまう。練習をするのなら難しい方が技量向上が望めるはずだからだ。 そう思って彼に提案してみたのだ。『それは駄目だ……』 ディミトリの提案は、にべもなく断られてし
廃工場。 ディミトリは背中のバックから暗視装置を取り出した。 鏑木医師の所で収穫した物だ。使い勝手の確認も兼ねて持ってきたのだ。 バックの中身は他にガン雑誌も入れてある。万が一の時にはミリタリーマニアを装う為だ。 ディミトリは暗視装置を頭に付けて電源を入れてみる。 収奪した後に一度だけ試してみたが、昼間だったせいなのかピンと来なかったのだ。 そして、思っていたより鮮明に見えるので驚いてしまった。(最新型なだけ有って建物内の様子が鮮明に見えるな……) 兵隊時代に使っていたものは、ロシア製の重くて使い勝手が悪い物だった。それと比べると雲泥の差がある。 手袋をした自分の手を映しながら握ったり広げたりしてみた。 ロシア製の物だったら真ん中が明るくて端っこが暗くなってしまう。ところが、使っている中華製の奴は全体が均一に明るいのだ。もっとも、中身の日本製の部品で実現出来ているのをディミトリは知らない。(ふむ…… 時代の進む速度が凄いもんだな……) とりあえずは、取り残されないように気を付けないと、中身が三十五歳のディミトリは思ったのだった。(さて、人の気配はしないし奥に進んでみるとするか) 気を取り直したディミトリは足音に気を付けながら進んでいった。工場の中は耳が痛くなるような静寂に包まれている。 聞こえるのはディミトリの息遣いだけなのだ。 裏側から入ったからなのか廊下には小部屋が並んでいた。 元は工場だったので様々な作業を部屋ごとに行っていたのかもしれない。(まあ、良くある配置だな……) その中の一室には錆びたバーベキューコンロが部屋の中央にあった。結構、使われていたのだろう。炭などが残ったままだ。 脇には調味料たちが無造作に置かれている。さすがに今はもう使え無さそうだとディミトリは思った。(浮浪者が入り込んで生活してたっぽいな……) 部屋の隅に有る薄汚れた布団を見ながら考えた。そこには元の住人が捨てていったらしい衣類などが積まれている。 だが、布団に薄っすらと掛かっている埃の具合から見て、長らく使用されて居ないものと判断出来た。 その隣の広めの部屋は焦げ跡がアチコチ付いている。 空き缶とかも落ちているので、DQN達に花火でもされた跡であろうと推測した。(室内で花火って何を考えていたら出来るんだ……) 外でやると目立ち過
「ははは、そのうちにな」「ああっ!」 ディミトリは彼から不要になったモデルガンの空き箱を調達したのだった。その空き箱に分解した武器をしまってある。 こうしておけば気付かれること無く秘匿出来ると考えていたのだ。(うっかり触って暴発でもしたら怪我させてしまう……) 祖母が本物と玩具の違いを、理解できるとは考えにくいが万が一の事を考えたのだった。(まあ、組み立ては一分も有れば余裕で出来るし) 咄嗟の事態に対処出来ないが、武器を剥き出しで持っているよりは安全だろうと考えたのだった。 夕方になり早めの夕食を済ませたディミトリは、ランニングに行くと言って出掛けた。行き先は現金受け渡し場所の廃工場だ。 地図によると自転車でも一時間はかかる。早めに下見を行っておくことにしたのだ。 廃工場に到着したディミトリは道路を挟んで観察を始めた。工場はフェンスに周りを囲まれている。高さは二メートル程。 正門の扉は閉まっていた。工場自体は町工場を少しだけ大きくしたような印象だ。さほど大きくは無い。「あれか……」 ディミトリは場内を単眼鏡で中を観察し始めた。いくら無人だろうと思っても、防犯カメラくらいはあるだろうと踏んでいた。 しかし、それらしきものは無かった。それでも正門から入っていくのは止めにした。 まずは、潜入して中の様子を頭にいれる方が良いと判断したのだ。 道路の反対側に面した建物の窓から入ることにした。中を覗き人の気配が無い事を再び確認したディミトリは、閉まっているのに気が付いた。(くっそ…… ガムテープも無いしどうしよう……) 防音の為にガムテープを窓に貼り付けてガラスを割る手法がある。音もしないしガラスが飛び散らないので便利なのだ。 ディミトリは他の入り口は無いかと付近を見回した。(ん? あれが使えるかも……) ディミトリの目線の先に有ったのは制汗スプレーだ。近くに女性物のポーチが有るので誰かが落とした物なのだろうと考えた。 振ってみると少しだけ音がする。埃にまみれて古いようだが中身がまだあるようだ。(よしよし……) スプレー缶のガスはブタン・プロパンなどを主成分とした液化した可燃性のLPGガスが多い。 ディミトリは窓の鍵が有る部分に、スプレーを噴射したままライターで火を着けた。スプレーのガスで出来た炎は窓ガラスをメラメラと炙った。
「要するに大串のフリをして、売人に金を渡せって事か?」「ああ」「結構な金額になるだろう」「ああ、金なら用意する……」「……」「二百万程度だ。 俺の小遣いでどうにでも出来る」 ディミトリは自分の境遇が馬鹿らしくなって来るのを感じていた。二百万程度と言い切る中学生がいるのに、こちらは小遣いをやりくりしながら凌いでいるのだ。「タダじゃやらないぞ?」「十万くらいならお前にやるよ」 ディミトリは目を剥いてしまった。どこの国でも金持ちのボンボンは価値観が違うものだ。 まるで違う世界に生きているようなのだ。 それでも、ディミトリは引き受けるつもりだ。(そうか…… その売人をどうにかすれば、二百万が手に入るのか……) ディミトリは密かな企みを思いついていたのだ。 薬には興味無いが、金には大いに関心がある。何故なら渡航費用の一部に出来る。「金の受け渡し場所はどこだ?」 大串は川沿いにある倉庫を言ってきた。使っていた会社が潰れて無人なのだそうだ。 ディミトリはスマートフォンで地図アプリを呼び出して場所の確認をしてみた。周りに人家は無く、中小の工場が多い場所だ。 きっと、夜間には無人になっている事だろう。「それで金の渡しはいつやるんだ?」「今夜だ」 随分といきなりの予定でディミトリは面食らってしまった。「それは駄目だ。 俺には用がある」「え?」「塾が有るんだからしょうがないだろ」 もちろん嘘だ。ディミトリは受け渡し場所の下見に行くつもりなのだ。 行き当りばったりで実行しても、上手くいかないのは知っているつもりだ。これまでにも散々痛い目に遭っている。「金額が大きいから引き出しに時間が掛かると言えば良いだろ?」「ああ、分かった……」 今度は武器も有るし下準備の時間も有る。上手く行きそうだった。 大串との会話を終えたディミトリは教室に戻ってきた。大串たちはディミトリが代役を引き受けたので安心したようだ。 何度も礼を言ってきた。(乱暴者を装ってもヤクザ相手はキツイって事か……) そんな事を考えながら教室に入っていく。するとクラスメートの田島人志が話しかけてきた。「よう、まだモデルガンの空き箱探してる?」「いや、飾りたかっただけだから足りているよ」「いつでも言ってくれ、新しい奴は取ってあるからさ」「ああ、分かったよ。 あり